2012年3月31日土曜日

Alvarius B.『BAROQUE PRIMITIVA』

Alvarius B. a.k.a. Alan Bishop
Alan Bishop
Alan Bishopは、90年代「Lo-Fi」「Scum」といった文脈の中でCAROLINER RAINBOWやBUTTHOLE SURFERSなどとともに紹介され注目を集めたバンドの一つ「SUN CITY GIRLS」のメンバーとして有名な人物です。


BOREDOMS
リアルタイムではないのですが、僕はBOREDOMS山塚アイがその周辺のバンドのレビューを雑誌に書いてた記事を見て興味を持った覚えがあります。

当時、僕はかなりBOREDOMSに影響を受けていたタイプの人間だったので、そのあたりの音源を買い漁り、特にSUN CITY GIRLSはその奇っ怪なスタイルと独自の音楽姿勢でその頃からお気に入りのバンドでした。








SUN CITY GIRLS
SUN CITY GIRLSは、1982年アメリカ合衆国アリゾナ州のフェニックスでベーシストのAlan Bishop、ギタリストのRichard Bishop(.a.k.a. Sir Richard Bishop)のレバノン系移民の兄弟によって結成されます。



当初は違うドラマーがいたようですが、すぐにメンバーの中でも一番の変わり者で知られるCharles Gocherが加入し以後の不動のラインナップが完成します。


(因みにバンド名に使われている「SUN CITY」とは近所にあった高齢引退者コミュニティーからとったそうで、日本でも老人ホームの名前などで使われています。)

結成当時はパンク・ロックのバンドとして活動していたそうですが、初期音源を聞く限りでも既にその片鱗すら見えない世界観を作り出しています。



SUN CITY GIRLS
SUN CITY GIRLSはダダ、カットアップ、サウンド・コラージュ、サーフ・ロック、ハードコア・パンク、映画音楽、ラジオ、世界各地の民族音楽、ノイズ、フリー・インプロヴィゼーション、サイケデリック・ロック…等を取り入れた独自の音楽スタイルを確立しており、
彼らがその後のAnimal CollectiveDeerhoofなどの後続のバンドに与えた影響ははかり知れません。


(ツアーでフェニックスに来たBLACK FLAGと共演した際には、即興ノイズを演奏してパンクス達にゴミを投げつけられたりしたそうですが(笑)。)

どの作品も一つとして同じものはなく毎回新鮮な印象を与えられるのですが、自身のレーベル「Abduction」を中心に様々なレーベルから確認されているだけでも約80作にも上る膨大な作品を発表しているためその全貌を掴むことはかなり難しいです。


2000年代にはメンバーはシアトルに移住し、バンド活動や、それと並行したソロ活動(今回紹介するAlvarius B.もその中の一つです)、など様々なプロジェクトを行なっていきますが、
2007年2月19日にドラマーのCharles Gocherが闘病生活の末に癌で亡くなり、残念ながら今後二度とSUN CITY GIRLSとして活動することはないそうです。
(皮肉にもグループ最後のスタジオ作品『FUNERAL MARIACHI』は物悲しい「葬式楽団」と名付けられたアルバムでした…。)








Alan Bishopといばもう一つ、レーベル「SUBLIME FREQUENCIES」での活動も個人的には欠かすことができません。


(レーベルはこのブログのタイトルでもあるFINDERS KEEPERSのロンドン暴動チャリティーアルバム『MAKE DO AND MEND Vol.7』の選曲も担当しています。
→『MAKE DO AND MEND Vol.5』の紹介記事はこちら)

SUBLIME FREQUENCIESは非欧米圏のサイケデリックな音楽を「発見」「紹介」していくレーベルなのですが、時間をかけて誰も見向きもしないような大量のヴィンテージ音源を集めその中から選出したコンピレーション・アルバムを発表したり、偶然出会った現地の音楽家をフィールド・レコーディングした作品を発表したり…、とその切り口は既存のどのワールド・ミュージック・レーベルとも違い独特で奇妙です。



初期のSUBLIME FREQUENCIESを特徴付けているのは何といっても「ラジオ・シリーズ」と呼ばれる諸々の作品ではないでしょうか。
これはSUBLIME FREQUENCIESのクルーがモロッコやインドネシア、タイなどの各国に旅に出た際に現地で流れているラジオ番組やCMを録音し、これに現地で録音した様々なフィールド・レーコーディングなどの素材を足してカットアップ/コラージュすることで作品化したものです。

1つの作品を作るのに100時間以上もラジオを聴き続けるらしく、海外行った際は他の多数のプロジェクトを進行させつつ空いた時間はほとんどホテルに籠もってラジオ三昧とのことです。
Falafel Eastern Western by transmissionsfm
Freedom Fighters by transmissionsfm
(↑『Radio Palestine: Sounds of the Eastern Mediterranean』より)


Alan Bishop & Mark Gergis
これらの作品はAlan BishopやMark GergisらのSUBLIME FREQUENCIESクルーの高い編集能力のおかげで、巷に溢れるただ繋ぎ合わせただけのコラージュ作品とは一線を画す素晴らしい作品になっています。

(ラジオ・シリーズの詳細なレビューなども掲載しているこちらのサイトの記事も是非ご一読を
▼「サウンドスケープとしてのラジオ"Sublime Frequencies"のCD」片手にラヂヲ♪)


Omar Souleyman
ここ近年のSUBLIME FREQUENCIESは「ラジオ・シリーズ」や怪しげなフィールド・レコーディングといった初期のリリース形態から少しずつシフトをし始めてきているようです。

例えば、ヨーロッパツアーやBjörkとの共演で話題となったシリアのOmar Souleyman」やTony Allenのツアーにも同行した西サハラのバンド「GROUP DOUEH」等の新作、

トルコ・サイケ・ロック界の重鎮「Erkin Koray本人選曲による60年代から70年代のレア音源を収録したベスト盤…
などなど所謂「正規」のリリースも増えてきています。

SUBLIME FREQUENCIESは以前紹介した『GLOCAL BEATS』という書籍や『Sweet Dreams issue #3』でも特集が組まれています。

特にSweet Dreams Pressが発行している『Sweet Dreams issue #3』では
「特集 世界を暴露しろ!:虚構と現実の間を泳ぐサブライム・フリークエンシーズ~シアトル発、珍奇な世界音楽レーベルがやろうとしていること」
と題してAlan Bishopのインタビューなど様々な記事が掲載されているので興味がある方は是非とも読んでみてください。
(今回SUBLIME FREQUENCIESやSUN CITY GIRLSの記事を書くにあたってこちらを大々的に参考にさせていただきました。)

SUBLIME FREQUENCIESの音源もまた追々紹介できたらなぁ、と思っています。











…でやっと本題のAlvarius B. a.k.a. Alan Bishopです。 

トラック・リストは
Alvarius B.『BAROQUE PRIMITIVA』
1. The Dinner Party
2. Mussolini's Exit
3. Humor Police
4. You Only Live Twice
5. Face to Face with a Couple Axes
6. Well Known Stranger
7. Naturally Absolute
8. Funny Thing Is
9. 3 Dead Girls
10. Like That Madri Girl
11. God Only Be Without You

2011年に発表されたSUN CITY GIRLSの事実上の解散後初の作品で、2006年から2010年の間に録音されたこちらがソロ6枚目になります。
当初アナログのみの超限定リリースでしたがそちらは即完売してしまい、SUN CITY GIRLSのレーベル「Abduction」より豪華ブック仕様のCDで再発されました。

ジャケットは全裸の女性が曼荼羅状に配置されているという、なかなか凄いことになっていますが32ページにも及ぶブックレットも負けず劣らずやたらエロティックでした。


それまでのソロ作を全て聴けているわけではないのですが他の作品群とは明らかに違った、意表をつくボサノバ調の「The Dinner Party」で作品は幕を開けます。

Ennio Morricone
以前よりAlan BishopはフェイバリットにFela KutiEnnio MorriconeSun RaBad Brainsなどをあげているのですが、イタリアの音楽家で映画音楽の巨匠として知られるEnnio Morriconeに対しての思い入れは特に強い様で、Ennio Morriconeの実験的な楽曲だけに焦点を当てた編集版『Crime and Dissonance』の監修者の一人に名前を連ねていたりします。
そんな訳でこちらのアルバムも実は1、2、5、7、8、10曲目(ほとんどですね…)が
「Maestro Padre Supremo」
(「父なる偉大な先生」みたいな意味合いでしょうか。Ennio Morriconeのことみたいです。)
のAlvarius B.流の再解釈曲になっています。
先程の「The Dinner Party」もEnnio Morriconeが音楽を手がけた映画『ある夕食のテーブル』(日本未公開/1968/伊)のテーマ曲「Metti Una Sera Cena」がオマージュ的に使われています。



映画音楽といえばもう一曲、John Barryが手掛けNancy Sinatraが歌った映画『007は二度死ぬ』の主題歌「You Only Live Twice」をサイケデリックにカバーしたこちらの曲も秀逸です。
Alvarius B. - You Only Live Twice

僕は今まで全く意識していなかったのですがこの曲は原曲自体も既に超名曲ですね。





収録は少ないのですがAlvarius B.のオリジナル楽曲も素晴らしく、
Alvarius B. - Well Known Stranger

ラストのThe Beach Boys「God Only Knows」のカバー、そこまでの白昼夢が覚めるように崩壊していく「God Only Be Without You」まであっという間に時間が過ぎてゆきます。
Alvarius B. - God Only Be Without You

全体的な世界観も作り完璧で、メランコリックな極上のアシッド・フォークに仕上がっていることから個人的にはESP-Disk'あたりの愛好家にも好まれる作品ではないかと思います。







JFA
そんなAlan Bishop、実は80年代にスケート・パンクを代表するグループで、メンバーは全員スケーターというハードコア・パンク・バンド「JFA (Jodie Foster's Army)」に在籍していたという意外な経歴を持っています。
(バンド名の「Jodie Foster's Army」とはレーガン大統領暗殺未遂事件の犯人John Hinckleyが女優のジョディ・フォスターのストーカーだったことに由来。)


SUN CITY GIRLSと同郷のアリゾナ州のフェニックスで活動していたJFAは1984年のアメリカ・ツアー直前にベースのメンバーが一時脱退、SUN CITY GIRLSがツアーの前座を務めることを条件にこのツアーでのライブにAlan Bishopが加入しました。結局Alan Bishopはその後3年間ほどJFAに在籍していたようです。
(映像を観ているとたまにSUN CITY GIRLSのメンバーがJFAのTシャツ着てたりします。恐らくAlan Bishopもスケーターだったんでしょうかね?)


JFAはツアー中サウンドチェックなんてそっちのけでツアー先の街のスケート・スポットのチェックに余念がなかったり、初期のギグでは他の客がポゴ・ダンスをする中彼らの仲間だけはHBストラットと呼ばれるブレイク・ダンスを決めていたり、当時はけっこうやんちゃな集団だったみたいです。
まあ人に歴史ありってことで。
















2012年3月20日火曜日

SELDA『SELDA』



Mos Def

Mos Defが好きなんです、昔から。


俳優やったり、TVコマーシャルに出演したり、色々と批判を受けることもあるけどやっぱりかっこいいんですよね。
(映画『僕らのミライへ逆回転』でもいい演技してました。)




2ndアルバム『New Danger』では自身のバンドを率いて「ロックンロールを黒人の手に取り戻す」というコンセプトで生演奏の曲が数曲収められていますが、そのバンド名がずばり「Black Jack Johnson」…いちいちかっこいい。
(Black Jack Johnsonのメンバーは、Bad BrainsのDr. Know(!)、ParliamentのBernie Worrell、Living ColorのWill CalhounとDoug Wimbish)




そんなMos Defの2009年に発売された4thアルバム『THE ECSTATIC』。ジャッケットが異常に地味なせいかあんまり話題にならなかった印象なのですが、僕としては一番好きなアルバムです。


実はプロデューサー陣がかなり豪華でMadlibOh NoJ DillaなどのStones Throw勢や、The Neptunesの片割れChad Hugo等々。
しかもかなりアクの強い各トラックを流石はMos Def、見事に歌いこなしています。これは超名盤です。

(↓生演奏だと大分雰囲気は変わりますが収録曲「Quiet Dog Bite Hard」のテレビ番組でのライブです。Mos Def先生、読売ジャイアンツのキャップかぶって自らパーカッション叩いてます。)




このアルバムの1曲目に収録されているのがOh Noのプロデュースで制作された「Supermagic」というトラックです。
エレキ・ギターのサンプリングが終始暴れまわり、その上をMos Defがスリリングに滑るようにフロウしていくのですが、しっかりとソウルフルさも残っていて最高に熱くなります。
そして、この曲でOh Noによって大胆にサンプリングされているのが今回紹介するトルコのシンガーSELDA BAGCANの1stアルバム『SELDA』に収録されている「Ince Ince」です。
Ince Ince - Selda




Oh No
因みに、Oh NoはMadlibの弟としても知られ、今やStones Throwレーベルの中でもそのMadlibや故J Dillaと肩を並べるビートメイカーと言っても過言ではないと思います。


Stones Throwからこの「Supermagic」のインスト曲「Heavy」や、同じくSELDAの「Yaylalar」を使った「Exp Out The Ox」、Mustafa Ozkentの「Uskdar'a Giderken」を使った「My Luck」など、トルコ、ギリシア、レバノン、イタリア等のレアなジャズ、ファンク、サイケ、ロック、フォークなどを使用したビート集『DR.NO'S OXPERIMENT』を発表しています。

(他にもOh Noがエチオピアの音源のみで作ったビート集『DR.NO'S ETHIOPIUM』もおすすめです。)






で、やっと本題のSELDAです。


トルコでは1967~1980年まで「アナドル・ロック」というサイケデリックな音楽ムーヴメントが興ります。


しかし、70年代末に起こった軍事クーデター、その後の軍事政権下による反体制的な音楽の弾圧によってそれらのアーティスト達は自由な表現が出来なくなってしまいました。


80年代末になりやっと自由な表現が可能になり、90年代を通して次第にトルコのEdip Akbayramであったり、Erkin Korayなどのアーティストが再評価を受け各国に知られていくようになります。


トルコ最大の都市イスタンブールの南東、アナトリア半島出身のSELDA BAGCAN(セルダ・バージャン)もそんな近年になってから再評価を受けたアーティストの中の一人です。


彼女のデビューは1971年、しばらくはシングルのみのリリースを続けていたようですが1975年に1stアルバム『SELDA』を発表します。


こちらはその1stアルバム『SELDA』に5曲のボーナス・トラックを加えてこのブログでは度々登場する、おなじみイギリスのリイシュー・レーベルFINDERS KEEPERSより2006年に再発されたものになります。


トラック・リストは
SELDA『SELDA』
1. Meydan Sizindir
2. Yaz Gazeteci Yaz
3. Mehmet Emmi
4. Nasirli Eller
5. Ince Ince
6. Gine Haber Gelmis
7. Yaylalar
8. Dam Ustune Cul Serer
9. Dost Uyan
10. Gitme
11. Niye Cattin Kaslarini
12. Kizil Dere
CD Only Bonus Tracks
13. Utan Utan
14. Karaoglan
15. Eco'ya Donder Beni
16. Anayasso
17. Nem Kaldi


オリジナル盤のLPは中古市場にて6ケタで販売さえれていたという話なので本当にFINDERS KEEPERS様様です。


MOGOLLAR
後半の2曲はトルコの伝説的(らしい)プログレ・バンド「MOGOLLAR」や、欧米ロックとトラッドを融合させた先駆者として知られるトルコ随一のロック・ミュージシャンCem Karacaとの共演で知られる(らしい)バンド「KARDASLA」との共作を収録しています。
(僕はそこまでよく知らないのですが…)








「トルコのプロテスト・フォーク・シンガー」という肩書きで売り出してますし、ジャケットでも颯爽とアコースティックギターを抱えているわけで、わりとアシッド・フォーク的なイメージを持ってしまいがちですがこのアルバム、先程の「Ince Ince」でもお分かりの通りとても激しいバンド・サウンドが主体の音源になってます。


中近東特有のエキゾチックな音階をトルコの伝統的な楽器サズやウードだけでなく強烈なファズ・ギターを使って演奏し、ファンキーなドラムとスペイシーなシンセがそれに絡む…という感じでとてつもなくかっこいいです。
Selda Bagcan-Yaylalar


彼女はよく「トルコのJoan Baez」 と例えられていますが、実際に彼女の歌詞の中には社会的なメッセージが込められた反体制的なものが多く(トルコではこういった反体制的なプロテスト・ソングのことをを「オズキュン」と呼ぶそうです)、そんな主張やパフォーマンスのせいで実刑判決や旅行制限を受けたこともあったそうです。


なかには変拍子を使っている曲もあるのですが、もともとトルコで作られた民謡などの伝統的な音楽には変拍子の曲も多い様です。
彼女に限らずトルコのアーティストたちの多くは、西洋的な「ロック」というフォーマットの中に非西洋である自国の音楽文化を巧みに取り込んでいくことでこういったハイブリッドな音楽を作り上げています。




SELDA BAGCANは現在でもオズギュンの歌手として現役バリバリで活動していて、今だにトルコの老若男女から高い支持を受けているようです。
僕も2004年(?)発表の『Deniz'lerin Dalgasıyım』というアルバムを持っていますが70年代のようなアグレッシヴなものではなく大御所の貫禄みたいなものを感じました。


ただやはり彼女が一番尖っていた時代というのはこの70年代中期の前衛的なサウンドの音源であることは間違いないようです。


彼女の初期作品の貴重なジャケットがこちらのサイトにたくさん掲載されています。






因みに、この1stアルバムの曲はダンス・ミュージック界での人気がとても高い様で、
先程のOh No『DR.NO'S OXPERIMENT』に収録の「Yaylalar」を使った「Exp Out The Ox」や、
マッシュ・アップのパイオニア的な存在である2 MANY DJ'Sが「Yaz Gazeteci Yaz」と、あのHOUSE OF PAINの代表的パーティー・チューン「Jump Around」をマッシュ・アップしてライブでかけたりしているみたいです。






▼Selda Bağcan - Official Website

2012年3月13日火曜日

THE BROOKLYN SOUNDS 『LIBRE - FREE』

実は僕、数年前までサルサってキューバとかプエルトリコとかの南米音楽だとばっかり思ってたんですね…。サルサ聴き始めてすぐに違うと知ってびっくりしました。


「マンボラマTokyo」というラテン音楽の愛好集団に所属する藤田正さんと岡本郁生さんが監修で、サルサ、ブーガルー、メレンゲ、ラテン・ロックなどを取り扱った『米国ラテン音楽ディスク・ガイド50's-80's /LATIN DANCE MANIA』というガイド本があります。
そのなかで岡本郁生さんは
「よく、”サルサの父なる島はキューバ・母なる島はプエルトリコ”といわれるが、もう1つ付け加えるなら”生まれ育った場所がニューヨーク”だ。サルサは決してキューバ音楽そのものではない。」
と語っています。
そう、サルサってニューヨークの音楽なんですね。




スペイン領だったキューバとプエルトリコが実質的にはアメリカへと併合され、アメリカ領の様な状態になったのはだいたい20世紀初頭です。
その頃からニューヨークには職を求めて移民が盛んに流入してくるようになり、その数は第二次世界大戦後に激増していきます。アメリカ本国は戦後の好景気に沸いていましたが、アメリカの実質的な植民地であったそれらの国はお世辞にも豊かな状態とは言えなかったようです。


ウエスト・サイド物語
そのために多くの若者達は夢を求めて、アメリカへと渡って行きました。そして、その玄関口でもあるニューヨークのイースト・ハーレムには、そんな移民たちが住みつくようになっていきます。


この地域は「エル・バリオ」と呼ばれ、母国語がスペイン語である彼らはアメリカ国内ではそれまでのアフロ・アメリカンよりも低い地位で生きていくことを余儀なくされていました。


例えばこの地域に住むプエルトリカン・ギャングとイタリア系アメリカ人のギャング同士の人種間の抗争を描いたのがミュージカル『ウエスト・サイド物語』だったりします。



 フィデル・カストロとチェ・ゲバラ
そんな中、1959年に音楽大国であったキューバでキューバ革命が起こります。
当時ニューヨークを中心にマンボなどキューバ発のラテン音楽が一大ブームを起こしていましたが、キューバとアメリカの国交が断絶したことにより亡命以外の方法でキューバのミュージシャンがニューヨークで働くことは不可能になってしまったのです。
ニューヨークのラテン・ピープルは自分たちの新しい音楽を作っていくことに迫られます。
60年代中頃にはブーガルーというR&Bとラテン音楽を混合したような音楽が生まれていきますがこれはたった数年間のブームで終わってしまいます。(そのためアーティストによってはブーガルーを「一過性の流行」「時代のあだ花」などと軽視する傾向もあるそうです。)



そして70年代にそれまでのキューバの音楽を元に、プエルトリコの音楽やアメリカのソウルやR&B、ロックやジャズを貪欲に取り込んで再生産し誕生した音楽、それがサルサなのです。
(もちろんその設立には多くのブーガルーのアーティストが関わっています。)



サルサがここまで大きくなった要因にはやはりJerry MasucciとJohnny Pachecoによって設立され、Willie ColonCelia Cruzなどが所属していた「ファニア・レコード」の存在なくしては語れないと思いますが、「ファニア・レコード」の話はまたの機会にゆっくり紹介したいです。


Willie Colon
僕はサルサを聴き始めたきっかけがWillie Colonだったこともあってトロンボーンが中心になる「トロンバンガ」というスタイルのアーティストに特に惹かれます。


そしてそんな中で出会ったのが今回紹介するTHE BROOKLYN SOUNDSでした。




トラック・リストは
THE BROOKLYN SOUNDS 『LIBRE - FREE』
1. Libre Soy 
2. Chango Santero 
3. Lagrimas Negras Con Loiza Aldea 
4. Esta Vida 
5. Guaguanco Tropical 
6. Ha Llegado El Momento 
7. Las Margaritas 
8. Calma Tu Llant


まずジャケットのありえないデザイン(笑)。


僕はあまり詳しくないのですが、ニューヨーク・サルサの良音源カタログが眠るMARY LOUというレーベルに70年代初頭に残されたヴィンテージ音源を復刻レーベルとして知られるSALSA INTERNATIONALが数年前にCD化したもののようです。


サルサ・レコードのコレクターの方でもなかなかオリジナルは見たことがないってぐらい謎の9人組で、この前に『THE BROOKLYN SOUNDS』というタイトルの1stアルバムがあるので、こちらの『LIBRE - FREE』が2ndアルバムみたいです。


一応メンバーは
Julio Millan ‐ Leader - 1st Trombone
Ray Rivera - 2nd Trombone
Tony Ortega - Piano
JulioFonseca - Timbales
Kelvin Fonseca - Bongos
Alfredo Burgos - Bass
Leo Rosado - Vocals
Eddie Rodriguez - Conga
Jimmy Cabot - Claves - Maracas


となっています。リーダーのJulio Millanがトロンボーン奏者ですし2本のトロンボーンが楽曲の中心を担うのでトロンバンガのスタイルになりますが他の情報はほぼありません。


ただ一曲目の「Libre Soy 」を聴いたときに衝撃が走りました。
イントロの不穏な空気からなだれ込むようにスタートしてとにかく吹きまくるトロンボーン、怒涛の勢いで叩きまくるパーカッション、ピアノも暴れるようにこれでもかと叩きつけられます。
こんなにうるさくて歪んだサルサってあるのかと…


2曲目「Chango Santero」の勢いも凄いことになってます。


で、まあ演奏のテクニックが非常に高度なラテン・ミュージシャンの中にあって、お気付きかとは思いますがこのグループは決して演奏は上手くないんですね。
コロ(コーラス)もがなり声みたいになって終始ハードコア・スタイル、各パートのソロもお世辞にも上手とは言えません。
ですが、この全くトロピカル度を感じさせないのに胸を締め付けられるようなメロディー、勢いを重視した転げ回るような演奏スタイルに、ついつい再生ボタンを何度も押してしまう魅力があるんです。


先程の『米国ラテン音楽ディスク・ガイド50's-80's 』のレビューにも書かれている様にこのグループをパンク・ロック的と位置づける方も多いのですが、70年代初頭にアメリカの地で低い地位で生きていくことを余儀なくされてしまったラテン・ピープルのまさに「異議申し立て」がここにはつまっているように思います。




(こちらの方はブログでセックスピストルズの「勝手にしやがれ」を連想したと書かれていました。)
▼「Never Mind the Bollocks Here's The Brooklyn Sounds」似顔絵ロック ~ Portrait in Rock




彼らは今で言ったら「グライム」みたいなスタイルなんじゃないかと勝手に妄想しています。
ちょっと無理がありますが(笑)。

2012年3月7日水曜日

GONJASUFI『A SUFI & A KILLER』

正直、最初はGONJASUFIもTHE GASLAMP KILLERも
「まあLOW END THEORY周辺のFLYING LOTUSみたいなお洒落な感じでしょ」
って感じで大して聴いた事もないのに(LOW END THEORY周辺にしてもFLYING LOTUSにしても)かなり穿った見方をしていたんです。
THE GASLAMP KILLERに関しては
「アート・ワークがかっこいいな~」
ぐらいの印象しかなくて肝心の音は全く耳にしたことがありませんでした。
なので数年前にLOW END THEORYのJAPAN TOURで来日したときも僕は完全にスルーしてしまっていたんです。



そんな中、ちょうど去年の3月に大石始さんと吉本秀純さんが監修された『GLOCAL BEATS』という本が発行されました。
GLOCAL」とはGLOBALとLOCALを掛け合わせた造語で、これは「ゼロ年代以降のボーダレスな音楽を集めた世界初のガイド本」という趣旨で制作され、既存のワールド・ミュージックのガイド本には載っていないようなクラブ世代の民族音楽が紹介されています。

内容が本当に素晴らしく、ちょうどその頃に興味を持ち始めたサイケ・レーベルFINDERS KEEPERSの主催Andy Votelや、僕が高校時代から愛して止まなかった旅する音楽家Manu Chaoのインタビュー、SUN CITY GIRLSのAlan Bishop率いるレーベルSUBLIME FREQUENCIESの特集、前回紹介したBALOJIなども含むアフリカ音楽のコラム、デジタル・クンビアの総本山ZZKの特集…何度も読み返して、この本をもとに音源を漁って、今も僕にとってはバイブルのような本です。
で、この本にTHE GASLAMP KILLER(以下GLK)のインタビューが載っていたのですが
「インドの音楽も一種のビート・ミュージックだと気づいた」とか
「トルコのレコードが一番ヤバイと思う」とか
「いいネタを見つけても『マッドリブが同じレコード買っていったよ』と言われると悔しいよね(笑)」
みたいな感じでこれがメチャクチャ面白かったんです。
THE GASLAMP KILLER

しかも彼はFINDERS KEEPERSの累計20タイトル・リリースを祝して『ALL KILLER - FINDERS KEEPERS 1-20 MIXED』というMIX CDまで発表しています。
FINDERS KEEPERSの各タイトルから選りすぐった曲を集めて作ったこのMIXがまた普通のレーベル・サンプラーという感じが全然なくて、過剰なエフェクト、サイレンなんかをふんだんに使ったDJならではの観点で作られた作品で物凄く刺激的に仕上がっていました。




(↓短いですが少しだけ雰囲気がわかります)
THE GASLAMP KILLER
そんな訳で、まあ案の定気付いたら僕はズブズブとGLKの魅力にすっかりはまっていったのでした。






(↓GLKのMIX視聴できます。)






GLKの10inch『Death Gate EP』の2曲目に、エチオピア・ジャズ(MAHMOUD AHMEDの「Neshtie」)のサンプリングが最終的にノイズに変化していく「When I'm In Awe」という怪しげなトラックがあります。
(↓『Death Gate EP』もこれで全曲視聴できます。)

この曲に更に怪しい雰囲気を上乗せしているゲスト・ボーカルが今回ご紹介するGONJASUFIだったんですね。
THE GASLAMP KILLER & GONJASUFI 




早速彼のことを調べてみるとele-kingのこのインタビューを見つけました。

ヨガの先生をしながらガンジャを吸い、
実験的なヒップホップを作りながらサンディエゴの大学でイスラム文化を学び、
ガンジャ+スーフィー(イスラム教の中の神秘主義)で自らを「GONJASUFI」と名乗る…
とにかくどう考えても怪しい人物像しか見えてきません(笑)。

GONJASUFIはサンディエゴでメキシコ人の母とエチオピア人の父の間に生まれます。
10代の頃からマリファナに傾倒し始め、次第に音楽にのめり込んでいったようです。
(彼はフェイバリットにIce CubeToo $hortなどのヒップホップ勢だけではなくJimi HendrixBeth Gibbonsなどもあげています。)

20代になると自身が所属していたヒップホップ・クルー「Masters Of The Universe」で活動し、Sumachという名義で自主制作の音源作りもスタートさせています。

その後サンディエゴのクラブで先述したGLKや、Sound in ColorレーベルオーナーのMAINFRAMEと出会ったことで彼に大きな転機が訪れます。
GLKとの共演を見てGONJASUFIに興味をもったFLYING LOTUSがMAINFRAMEを通じて彼に制作したビートを送り、GONJASUFIがそのトラックに歌を乗せ「Ancestors」というトラックが作られます。

そんな音楽的なつながりの中でGONJASUFIへの注目はどんどん上がっていきます。
1stシングルがいきなりNew York TimesやMojo、NMEといった名だたるメディアやラジオで特集され、Thom Yorke(RADIOHEAD)などからも賞賛を受け…
まさに「待望の」といった感じだったのでしょうか、2010年にWARPから発表されたのが今回紹介する1stアルバム『A SUFI & A KILLER』です。




トラック・リストは
GONJASUFI 『A SUFI & A KILLER』
1. (Bharatanatyam)
2. Kobwebz
3. Ancestors
4. Sheep
5. She Gone.
6. SuzieQ
7. Stardustin'
8. Kowboyz&Indians
9. Change
10. Duet
11. Candylane
12. Holidays
13. Love Of Reign
14. Advice
15. Klowds
16. Ageing
17. DedNd
18. I've Given
19. Made
20. Dobermins
Bonus Tracks For Japan
21. Ancestors (agdm Mix)
22. Robots


このアルバムではGLKがほとんどの曲のプロデュースを担当しています(他はFLYING LOTUSが1曲、MAINFRAMEが4曲)。

アルバムは冒頭、スーフィーの音楽だという呪術的な1曲目「(Bharatanatyam)」から、2曲目の「Kobwebz」へと流れていくのですが…これがもう鳥肌もののかっこよさです。
この曲ではGLKによってトルコ・ロック界の重鎮Erkin Korayの「Yagmur」という曲が大々的にサンプリングされてます。


そして先程のFLYING LOTUSと共作した「Ancestors」や


まるでTom Waitsやビートルズの様な「She Gone.」、



The Stoogesの「I Wanna Be Your Dog」のギター・リフを使った「SuzieQ」、



などなど…
曲数も多いのですがほとんどの曲が2~3分前後と短めで本当に多様なハイブリット・ミュージックの数々のため全然飽きる事無く聴けます。


このアルバムは発売前から英国のガーディアン紙が「今年何回も繰り返し聴くであろうアルバム」、
「Screamin' Jay HawkinsがM.I.Aをカ ヴァーし、それをPortisheadが素晴らしくリミックスしているかのよう」と大絶賛していたそうです。




その後GONJASUFIは同じくWARPから2010年にWARP関連のアーティスト達によるリミックス・アルバム『Caliph's Tea Party』、
2012年に全曲を自身でプロデュースしたミニ・アルバム(といっても10曲も入ってます)『MU.ZZ.LE』を発表して人気を不動のものにしました。
(『MU.ZZ.LE』の発売に先駆けフリー・ダウンロードEP『The Ninth Inning EP』を発表しています。)
Gonjasufi - The Ninth Inning EP by Hydroshare Distribution




『Caliph's Tea Party』や『MU.ZZ.LE』で描き出されている極限までダークなNYダブ~イルビエントといわれるような世界観も良いのですが、やっぱり僕は『A SUFI & A KILLER』の雑多な感じにひどく惹かれます。
GLKが好きですしね(笑)。この二人の組み合わせでまた何かやってくれないかなぁ、と期待しています。

(GLKとGONJASUFIの共演。GLKがオープンにかけるAmral's Trinidad Cavaliers Steel Drum Orchestra「The World Is A Ghetto」の上でのGONJASUFIのフリー・スタイル)







THE GASLAMP KILLER - Official Website

THE GASLAMP KILLER - MySpace



GONJASUFI - Official Website

gOnj@$ufi (opn24hrs) - MySpace